このページは、情報誌「京都」掲載記事からの転載です
1992.7.7発行 1号
       
 

6代目
津田佐兵衞(多一)
つださへい(たいち)

昭和58年6代目、津田佐兵衞に襲名。井筒八ツ橋本舗、れすとらん井筒、各代表取締役。京都商工会議所常議員、京都物産出品協会会長など、多数の役職を務め、京都伝統産業の復興にカを注ぐ。
また、近代「町衆の会」を結成し活躍中。


 京都とゆう町は若い人にはなかなか解らないんです。ディズニーランドなら誰でも行ってすぐおもしろいと感じますけど、京都の仏像を見てすぐおもしろさは解らないでしょう?阿波踊りと祇園祭りにしても同じです。知識やら人生経験が豊かでないと理解できない町なんですよ。
 東京の出版社が作った「京都」でなく、本当の古都の良さをもっともっと知ってもらいたいですね。観光に力を入れて欲しいと言うと、いやしくとられますが国に光を観る、という意味でね。
 そんな歴史のある奥行きの深い町ですから、JR駅を境に南は開発、北は保存、みたいな単純なやり方ではだめですね。歴史に基づいた洛中(東西は寺町から大宮まで、南北は七条から一条まで)と、それより外の洛外にわけて考えるべきでしょう。
 洛中には、自分とこの利益だけやなく仕入れ先の事も考えてやっている昔ながらの人が住んで、洛外には活力いっぱいの人が生きている。そんな草食動物と肉食動物との住み分けが要ると思います。思想も商法も、それから教育も分けたほうがいいでしょうね。どっちもつぶしたらあかん思います。
 もちろん江戸村みたいなもん作れゆう意味やないですよ。きっちり1カ所にあつめるんじやなく、大きく分けて洛中洛外。そら、どちらにも、ある程度開発だって必要ですしねえ。

      (いづつやつはしほんぽ)
株式会社 井筒八ツ橋本舗

文化2年創業以来187年。京名物「井筒八ツ橋」は筑紫琴の祖八橋検校に由来します。検校が作曲に専念していた頃東山は黒谷近くに住んでおりました時親しい茶店の主人治郎三が米を研いでいるのを見、研ぎ汁を捨てず、蜜と桂皮未を加えて堅焼きを作るといいと教えられたのが、八ツ橋の起りと云われています。琴の形とかたどり「八ツ橋」と名付けられた堅焼きせんべいは、京の街の大流行となり今に続いています。

〒616-8312
京都市右京区嵯峨野清水町
075-861-2121


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