このページは、情報誌「京都」掲載記事からの転載です
1992.7.7発行 1号
       
 

12世
伊東久重(建彦)
いとうひさしげ(たてひこ)

昭和19年生まれ。昭和53年に有職御人形司12世伊東久重を継承。江戸時代の御所人形や全国の博物館所蔵の人形の修復を手がける。また、定期的に制作展示を行うなど、精力的な活動を続けている日本を代表する御所人形司である。


 先代から習いましたのは「新しいことはやめとけ」ということでした。若い頃は反発したもんですが、今になってみれば、それがためになってるんですねぇ。古い技術や制作法が家に残ってるからこそ、全国の博物館の所蔵品の修復やら、大事な仕事を任せていただきましたり…。ただ古いもんにしがみつくだけではいかんと思いますが、つまり「基本」を知ってたら新しいことはいつでもできる、また「基本」を知らんかったら何もできないゆうことやと解釈しております。
 京都の町かて同じと違いますか。古い、ええもんをベースにしながらクリエイティブな文化の発信をしていったら、と。そう、昔からここは文化発信の町やったんですからねぇ。わざわざ東京へ出ていって名をあげんでも京都で自由にものを作って、その作品が、世界へひとり歩きしたらええと思いますが。
 そのためにも行政のほうで、ものづくりする人の住みやすいベースを整えていただきませんと。よその目から見た幻想の観光都市やなしに、ほんまに昔から京都に住んでる、中の人の意見をよう聞いて…。
 それとやっぱり私は、文化庁を京都へもってきて欲しいですねぇ。京都が世界の文化都市になるようバックアップしていただいて。
 せっかくの古くからのええもんも、環境や後継者がないせいで消えてしもうては情けないと思いますから。

有職御人形司 伊東久重

伊東家は、明和4年(1767)後桜町天皇より有職御人形司伊東久重の名を賜わり、御所人形師の司として朝廷にお出入りを許されて以来、代々伊東久重の名を継承。寛政2年(1790)には光格天皇より「入魂の作に捺すように」と十六菊花紋印を賜わったのをはじめ、代々の皇室御慶車にたびたび人形製作の御下命を拝し、大きなご加護を賜わり「伊東の人形」「久重人形」と全国に広く知られるようになる。

〒603-8451
京都市北区衣笠鏡石町8
075-461-2922



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