このページは、情報誌「京都」掲載記事からの転載です
1997.7.7発行 31号
       
 
吉村重生
よしむらしげお

昭和34年生まれ。同志社大学経済学部卒業後、京都府立陶工訓練校で1年、市立工業試験所の伝統産業後継者育成コースで1年学び、現在は当主である父を師として、家業に従事する。京都府陶磁器組合青年会の副会長を務める。自他ともに認める特技は司会。


 京焼・清水焼青年会は、任意団体です。個々の独自性を持ちながらどのように業界の中で歩んでいくのかを議論しています。1番の論題は、京食器がなぜ売れないか。結局、高いから買ってもらえないし、使ってもらえない。状況としては、西陣とかと同じなんです。
 食器は作品ではなくて、商品、道具。数をつくることも、すごい技術。数をつくると、工業と言われるけれど、清水焼は、機械で一日何万個も作って売る仕事とは違う。手でロクロを回しているんですから。美術工芸品やお茶道具はまだ脚光を浴びる機会もある方ですが、それも、大半が、食器を作っていたことが原点で、そこから違う表現方法に派生したものだと思う。だから、京食器がもっと脚光を浴びてほしい…。
 清水焼の業界は、日展作家、伝統工芸作家、茶道具を作る人、食器を作る人…と、スタンスはそれぞれだけど、どれが偉い、どれが立派とかではない。親父たちの世代と違って、我々の世代は、枠を越えた交流が盛んです。作家として活動していようが、買ってもらいやすい安価な食器を作っていようが、お互いの技術を尊敬し合って、率直に意見を言い合うことが、清水焼全体の発展になると思うのです。
 自分の仕事で悩んでいた時、「お前は、お前の茶道具を極めていったらいいやないか」と言われ、吹っ切れました。茶碗を作るなら、使ってもらえるもの。お茶人の方々に迎合していると言われるかもしれないけれど、使ってもらえて、初めて道具として通用すると思う。自分を表現することだけを目的にするなら、茶道具ではなくて、他のものを作りますよ。

(らくにゅう)
 楽 入

江戸の後期より、焼砥石製造を営んでいたが、3代前より、趣味の楽焼が高じて、本業として手掛けるようになる。超高温度で焼く砥石から、低温度で焼く楽焼への変換を経たが、「窯を焚く、火をなぶる」ことへ取り組む精神を引継ぎながら、茶碗の他、敷瓦、小灯(ことぼし)などの茶道具を主に手掛ける。最近では、サラッとした絵付けの窯物が「かわいい」と女性に人気を呼んでいる。

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