このページは、情報誌「京都」掲載記事からの転載です
1997.7.7発行 31号
       
 

内藤正
ないとうただし

昭和22年生まれ。早稲田大学第一政経学部経済学科卒業。1年間の会社勤務を経て、現職に就く。趣味は、小学生の頃より始めたバイオリン。30年ほど茶道を嗜む。「和菓子も時代とともに変わっていますよ」と時勢を冷静に見つめる4代目。


 京菓子は、季節感があり、色もはんなりしています。意匠は、琳派の型にならって“省略の美”と言えますね。
 今はお茶会と言いましても、蛍光灯の下でテーブルを囲み大勢でやることも少なくありません。そうなると、その場に合せて、菓子のデザインや色も変える必要があります。というのは、昔の茶室でしたら、障子からもれる光なので、室内がほんのり暗い。そこで見る色と蛍光灯の下で見る色は自ずと違ってくるからです。また、朝茶や夜話など茶会を開く時間によっても、光の具合や味覚が変わってきます。お茶をたしなんでいないことには、なかなかわかりませんね…。その場の微妙な状況に合わせて菓子をつくるのは、おもしろいですよ。現代にマッチするもの、海外の人が好むものなども、あれこれ考えているんですけどね。
 和菓子屋は、長く続いているようでいて、案外そうでないんですよ。それはお得意さんが、宮廷、大本山茶道の家元という歴史の古いところばかりなので、和菓子屋も何百年と続いているように思うだけなんです。なかなか続かないですよ。私も子供がいますが、後を継ぐことについては何も考えていません。お菓子をつくる伝統が残っていけば、それでいいと考えています。受け継いでいく者があればいいんです。
 京都駅は随分大きいものができましたね。あれで京都も大きく変わると思いますよ。かなりの集客が見込めそうですが、あのスケールの大きさに京都の人は拒絶反応を示さず、うまくとり入れて町の活性化につなげてほしいですね。

(きょうかどうとしやす)
 京華堂 利保

明治30年(1897)頃、松原大和大路にて創業。昭和20年、現在地・川端丸太町下ル二条通北側に移転。2代目が考案した代表銘菓『濤々』は、釜の煮え音を表す渦の模様を 1つ1つ麩焼に手描きした、武者小路官休庵有隣斎宗匠好みの茶菓子。他に、お祝いに喜ばれる「福宝」など。「“京菓子司”と名乗っている限り、どんな注文にも答えられるように」と代々言い伝えられる。

〒606-8374
京都市左京区二条通川端東入難波町
075-771-3406


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