このページは、情報誌「京都」掲載記事からの転載です
1997.9.7発行 32号

 
大西重太郎
おおにしじゅうたろう

明治44年生まれ。旧制中学卒業後家業につき、以来70年近く伏見人形を作り続ける。昭 和28年に先代が逝去、6代目となる。多趣味で、民謡・小唄などをたしなむ他、麻雀も 好む。

 一休禅師の歌に「西行も牛もお山も何もかも土に化けたる伏見街道」というのがあって、一休さんは500年くらい前の人だから、そのぐらいにはもう(伏見人形は)あったんでしょうね。なんにしろ、文献が残ってないから、いつごろからというのはよく分からないんです。
 人形の型は、他の店がやめられる度に買い集めたのを合わせると、三千くらいあります。何代も前から伝わっているものをずーっと使っています。新しいものを作ったりはしません。試したこともあるんですよ、能面を作ってみたりとかね。でも親父に「新しいもんは博多さんにまかせて、お前は伝わってきたものを作っていくのがええんや」といわれて、昔の型でずーっと作っています。でも、作り手によって色や人形の好みがあって、個性が出るんです。僕は、先代の作った人形が好きだねぇ。
 先代までの作品には勝てない、かなわんなぁと思います。僕の想像がつきません。たとえば海女が竜に乗っている人形があるんですが、竜は想像上のものだし、そんな見たことのないものを作るんですから。僕なんか問題にならないです。
 終戦後のことで、何の楽しみもなかった頃。大阪の人で、「ここで買った人形が心の支えになった」と言ってくれた時、人形を作っていてヨカッターと思ったねえ。
 京都はええとこと違いますか。今は大きな駅ビルや建物がたっているけど、昔の町並みはよかったねえ。こんなに縦横きれいに整備された町というのは他にはないんじゃないですかね。 

(たんかかまもと・おおにしじゅうたろう)
丹嘉竈元 大西重太郎商店


寛延年間(1748〜51)創業、伏見街道に面して店を構える。全国各地にある土人形の祖ともいわれる伏見人形の窯元。明治の頃には4〜50軒あった窯元も次第に数が減り、現在は丹嘉竈元一軒のみとなる。

〒605-0981
京都市東山区本町22丁目504番地
075-561-1627


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